世界選手権その後

By Melissa Bray

ボートを満載したコンテナが50を超えるそれぞれの故郷へ向かって海に出て行った。アジア初の世界選手権開催であり、中国北京へ通じる4年間サイクルのスタートでもある。

幸運にも2つの台風の合間に試合が行われた。そもそも今回の世界選手権は台風(Mawar)の脅威から始まり、一度は全ての施設とボートを撤去したりもしたが、一日スケジュールを遅らせただけで、試合を行うことが出来た。

また試合終了直後二つ目の台風(Nabi)が近づいていたので、スタッフに緊急招集をかけ、急いで施設の撤去作業を行っていた。

今回のメダル獲得数による総合優勝は10のメダルを獲得したイタリアだった(金は2個)。イタリアに続いてアメリカが2位になり、オーストラリアとドイツが同数で3位になった。

金メダルの数で計算すると、オーストラリアとニュージーランドが4個の金メダルで1位になり、イギリスが3個で2位になる。

ニュージーランド史上初の快挙を収めたクルーが母国へ凱旋した。彼らはたったの45分で、43年の歴史で9個しか獲得していない世界選手権金メダルのうち、4個を獲得したのだ。今回金メダルを獲得した選手には1人当たりNZ$40,000が支給される。

アテネ五輪では決勝の最中に漕手が漕ぎ辞めてしまっていたオーストラリア女子エイトの勝利も大きく取り上げられていた。

アメリカの男子エイトはUSAToday.comで“注目の五輪選手"に選ばれた。基本的には個人に送られる栄誉なのだが、今回は過去最高の9人全員があわせて称賛された。

なお、銀メダルを獲得した女子軽量ダブルのコーチTed Nashは来週行われる世界マスターズ選手権(1000m)に出場するために、日本からそのままスコットランドへ向かってしまった。

女子軽量ダブルでの銅メダル獲得は、フィンランドとって1987年以来のメダル獲得だった。

今回CopとSpikがダブルとクオドでメダルを獲得したが、スロベニアは1991年に独立してから18のメダルを獲得している。そのうちの13個にCopが絡んでいる。

男子軽量級シングルで優勝したPolymerosにはギリシャ首相からお祝いの電報が送られていた。彼はギリシャ初のオリンピックメダル(LM2×)とともに、今回は世界選手権初タイトルを母国にもたらしたのだ。

レース終了後56ヶ国の代表がFISAの会議に集まった。今回の世界選手権から問題になっていた男子軽量級エイトのことについて議論が交わされた。

来年の会議で軽量級エイトの継続について投票することが決定された。

今回も出漕クルーは2艇のみで、FISA代表のDenis Oswaldは「こんなことは初めてだ。軽量級のエイトについては見直す必要がある。」とコメントしていた。さらに「ある程度の国が集まった上で、勝負して欲しい。」と付け加えた。

今回の世界選手権では数多くの記録更新が生じた。しかしFISAのAthletes Commissionによって認定はされなかった。会議ではこのことについても話し合われ、規約にある、世界記録を無効化する「重大な水の流れ」について議論された。

来年の世界選手権はイギリスのイートンで8月20日から開催される。

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