シートレースで選手選考はできない

どこかの国とかチームにおいて成功した新しい手法はだれもが興味を持つものです。そして可能なら直ぐに取り入れたいと考えるのは熱心なコーチならあたりまえの人情です。しかし実体験の情報を伴わない単なる知識だけで実行するのは実に危険です。陰にかくれた見えない情報を完全に察知して、それを自らの知恵と経験で補完しないことには使いものになりません。

今回は間もなく全国のあちこちで始まるであろう新クルー編成のための選考シートレースをとりあげ、もし関係者に安易な気持ちがあるなら警鐘を鳴らそうと思いました。そしてこの拙文がシートレースへのチェックリストの代わりになればうれしいです。

これまでこのシリーズはスポーツ指導の技術論を中心に常識に挑戦する気概でやってきました。次回で終結予告の第10話となりますが、スポーツ文化の領域にも少し踏み込みながら超マイナー競技のボートの現状と将来をあとしばらくみなさんと一緒に考えていきたいと考えています。

単独チームでは必要のないシートレース

ボート選手の評価と選考方法の進化の歴史については前話でもふれた。ローイングエルゴメータは選手個人の漕能力を測定するという革新的な道具として誕生した。測定したその基本的な漕能力を実際の水上でいかに効率的に艇の推進力として発揮できるかというテクニックの要素を判定しようとするのがシートレースである。通常の選手選考ではこの二つの評価法を併用して行われることが多い。

シートレースではフォア等の複数の選手が漕ぐボートを用いて、個人の漕力を推し量ろうとする方法である。ここに一番の難しさがある。いかにしてこのシートレースでの外乱要因を排し、判定精度を高めるかの努力が重要で大変な作業となる。相当の心構えが要る。その努力なしで型だけのシートレースで選手を選ぶなら単なるコーチの責任のがれと言い訳の手段に過ぎない。全国から集まった選手を対象にした短期間編成の必用なナショナルチーム選考ならシートレースがベターの選考法だろう。しかし、日常から真剣に指導し、選手をよく知っている各チーム専属のコーチなら難しいシートレース等やらなくても、選手を選べる情報は持っているはずである。にも関わらず型だけのシートレースをやってチーム編成をやるのはコーチとしての責任放棄であり、自己否定ではなかろうか。こんないいかげんなコーチは直ぐにヤメロ!! と言いたい。

シートレースが成立する条件

例えばフォア艇を使って行うシートレースの基本形は2艇で2レースを行い3番漕手を交代して漕がせる。その2レース間のタイム差が交代した3番漕手間の漕力差と判断する方法である。比較したい選手数が増えればその分レースの回数も比例的に増えることになる。従って複数回のレースを安定して漕ぎ切れる選手が揃っていること、しかも選手間のレベル差があまりなくていつも互角のレースが展開できるクルー編成が可能であることが基礎条件となる。さらに性能の揃った艇とオール。コンディションが公平で安定した水面が準備されなければならない。米国では安定した水面条件を得るためには夜中、早朝でも選手を叩き起こしてやることもあるらしい。例えば、レベルに明らかな序列差がある12人の部員がいるボートクラブがあったとする。その中からシートレースで8人のエイトのメンバーを選考する目的なら基本条件に無理がある。そしてそれくらいの規模ならシートレースでなくても正確な選考は可能である。世界チャンピオンのデンマーク・ナショナルチームはシートレースは採用していない。

レートは厳しく管理せよ

選手がレースごとに疲労しては比較が難しくなるので距離は1,500m程度とする。さらにローイングレートを30前後として全力で漕いでも疲れない工夫をする。その理屈はレースレートより充分に低い領域はレートと運動量と艇速は比例関係にある。全力で水中を漕がせることで漕力を評価できるし、疲労はレートを押さえた分少なくできると言う工夫である。フォアでは約束のレートより相方が1割高いレートで漕いだとすると1,500mで10秒程度速いタイムで漕げる計算となるから厳しく管理しなければ意味がなくなる。

レースレートより十分に低い範囲ではレートと艇速度と運動量は比例関係にある。したがって、レートが変化すれば艇速も即、比例的に変動する。スタートからゴール全域において 全レース レートの変動は±0.5に収めるべきである。それ位のコントロールができない選手はこれに使えない。

シートレースの心構えを説け

レースの前に全レース全力を尽くすことを誓わせること。レースごとに出力が変動したのでは比較などできない。特に自分が応援したくない選手と漕いだときは頑張らないというとんでもないヤツもいるかもしれない。その場合は本人の比較レースも兼ねることに変更することでこんな気持ちを起こすことを防止する手もある。

技術指導やアドバイスをしてはならない

シートレース期間中はすべての選手に公平にアドバイスすることは不可能である。特定の選手に指導した結果漕力が向上したら不公平といえる。同様に個人激励も好ましくない。

選考経過の機密を守る

選考スタッフで相談して進める比較の順序と手法を選手に察知されない配慮が大切である。ましてや次の比較は誰と誰などとレースの予定を事前に発表することはダメである。

また、スタッフ間でどんな選考議論があったとか、どんな選考段階であるとかの情報は漏らしてはいけない。スタッフは冷静にクールでいるべきである。また、選手の予測を混乱させて無用な推測をさせないためダミーレースを要所に入れることも必要となる。

どんな外乱があったのかを記録する。

評価に対してはどんな外乱があったのかを記録しておいて判定の副材料とする。もし、外乱が多いと考えられるときは勇気を持って、ノーレースと宣言することが大切である。風向、水流の変化、操舵ミスの有無、レートの差、選手の体調、体重、調整によるリズムの差である。大差のレース展開となったときも比較には使えない。同じ意味において比較のシートはフォアでは3番、2番のポジションが外乱がなくて望ましいと考えられる。

選手の癖をよく観察せよ

コーチは選考の後、自分が責任を持って指導しなければならないクルーを選ぶ訳である。リズム、ローイングスタイル、取り組み姿勢においてコーチ自身のイメージに合わない選手は強くても外すべきである。これはコーチとして結果責任をとるための前提条件となる。

以上これらの条件がクリアできなければ選考シートレースはやるべきではない。

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