ローイング・エルゴメータを知って使おう

エルゴ大会こと全国マシンローイング大会の季節になりました。今回はみなが知っているようで案外知らないローイングエルゴメータの基礎知識みたいものを書きます。少し難しそうな説明もありますが精々のところ、高校物理程度ですから安心して読み進んでください。そもそもはローイング(ボート漕ぎ)式エルゴメータ(体力測定装置)の意味です。ほかの例では自転車型エルゴメータがアスレチッククラブや体力測定の現場ではよく使われています。ここではエルゴ大会で使用されるコンセプト社のローイングエルゴを中心に解説します。

歴史

漕艇選手の個人漕力を測定するのは永年の関係者の夢でした。なぜなら個人の漕力はシングルスカルを除いては他のスポーツのように打率で表したり、タイムで比較することは出来ません。そのために個人の客観的データに基づいた選抜クルー編成作業が大変難しかったのです。漕ぐ動作をシミュレート(模倣)した運動量測定装置がはじめて出来たのは確か、約20年少し前の米国か豪州のはずです。それを使って選抜クルーを組んだチームが好成績を挙げたので一躍ボート世界の関心を引く事になりました。我が国でも滋賀県近隣大学の専門の先生方の指導を得て新しいエルゴ装置による日本選抜クルーの選考作業が始まりました。この漕艇選手選考方式で琵琶湖は日本の漕力測定の中心となりました。 デビユーは 1985年秋のアジア大会選手選考でした。88年のソウル五輪もこの装置で選考が行われました。シートレース等は無くてエルゴスコアが選考の総てという今から思えば実に乱暴なやり方でした。

余談ですがその結果、お前が選んだ選手は責任を持ってコーチする義務があるとか言われてひょんなことからナショナルチームのコーチをやることになってしまったのです。その後私はすっかり将来ある?サラリーマンの身分を捨ててボートにどぶ浸かり、なれの果てが今の造船所のオヤジなのです。

さて、話を元に戻しましょう。その頃、米国でオールを作っていた兄弟が自転車型風車を負荷装置にした簡易的なローイングエルゴメータ(A型)を作り販売をはじめました。初期のモデルは原始的で測定機能の低い、エルゴと言うよりトレーニング機械でした。この風車方式の負荷は定量的に把握は出来ないので正確な漕力測定機としては使い物にはなりませんでした。 ところが世の中には頭のいいヤツが居るものでして、レート計でおなじみのニールセン・ケラーマンと組んで精度の高い測定を可能にしたB型が発売されるにいたりました。論理的にはフアジーなところがあるものの、かなりのデータの再現性が実証され測定に使われるようになりました。現在ではこのエルゴはさらに改良されてC型として活躍しています。

このエルゴデータは経験則に基づく推測値であって、根拠のある物理学的数値ではないのですが実用上では全く問題はありません。 とにかくこの種の機械にしては安い!コストパーフオーマンス が抜群です。

はじめてのエルゴ大会は1989年に戸田と大津で行われました。当時、ネーミングをどうして良いか分からず、エルゴ大会なってしまいましたが、現在のマシンローイング大会の名称もあまり良いとは思えないのですが如何ですか。

構造

ローイングエルゴの目的は漕ぐ動作から発揮される選手の物理学的仕事量を測ることです。ここでは漕ぐ動作をさせることが重要なのです。自転車や走って体力測定してもそれは自転車や走る能力を測るだけです。実際の漕艇動作に近づければ近づけるほどデータの信頼性が高くなることはご理解いただけると思います。つまり、測定データと競技成績との相関関係が高まり正確な選考が実現するわけです。そのためにモノレール上にスライドシートを取り付けて脚を使えるようになっています。ハンドルを引くことで回転板(フライホイール)を回転させます。回転板はボートと同じくらいの慣性重量に設計されていてストロークでの加速感を似せています。回転速度と合計回転数は回転板に埋め込まれた磁石から電気信号としてピックアップで検出しています。負荷をかけるために回転板にブレーキをかける装置がどんなエルゴでも必要となります。多くエルゴのブレーキは回転板外周にベルトを巻き付けた自転車のブレーキと同じ方式の機械的摩擦方式です。機械摩擦はご存知のとおり熱が発生するために摩擦係数が変わり、負荷が変動する欠点があります。 コンセプト社のエルゴのブレーキ装置は回転板に付いた羽根です。羽根で空気を吸い込み、吹き出します。空気の通る開口部(ダンパ)を調節して負荷を変えます。細かい事を言うなら近くに人が立っていたり、気圧変動や、隣のエルゴの影響で空気の流れが変わり抵抗が変動します。従って、測定時はあまりエルゴの近くに寄ってはいけません。しかも摩擦の相手が空気ですから、抵抗負荷の大きさは定量的には知ることは出来ませんし、回転数の何乗かで抵抗は変化しますから掴みどころがないのが欠点です。

コンセプトエルゴ等のタイプのもう一つの欠点は漕手は1ストロークごとにシートに乗っている自分の体重をストレッチャーを起点に移動する運動が必要なことです。水上のボート漕ぎでは漕手の体ではなくて実際は艇の方が前後に動きます。このためにエルゴ漕ぎではレートを水上より2〜3下げて漕がざるを得なくなります。もう、これでみなさんはロウパーフェクトエルゴの効用を理解されたことでしょう。さらにフオアード動作で前に出す時にハンドルチエーンが戻るようにゴムロープが胴体に仕組まれていてストロークで引っ張ったゴムひもの縮む力を利用しています。後述しますがこのゴムがくせ者なのです。

このようにして、回転板の慣性重量が艇の慣性=一人あたりの艇重量を、ブレーキが水と艇体の摩擦を表現させて実際の漕艇動作をシミュレートしょうとする装置です。

測定原理

漕手が漕いで発生したエネルギーは回転板のブレーキで消耗されます。ブレーキの力の大きさと回転数のかけ算がその漕手の仕事量に比例します。つまり、重い負荷で沢山回せばスコアは高くなることはご承知のとおりです。では先ず、どのようにしてブレーキの大きさを知る仕組みになっているかを説明します。他の構造のエルゴは機械的摩擦ブレーキが多数ですからブレーキバンドにかかる力を直接、秤りで簡単に測定できますが、コンセプトエルゴのブレーキは空気ですから秤りをつなぐ所がありません。直接測れないので間接的に予測する方法を採っています。少し難しくなりますが我慢してください。ハンドルを引くことで回転板は高速回転をします。この時の回転板が持つ回転エネルギー量は重さと形状(=GD2)で予め計算する事ができます。フオアードでは回転板は空気ブレーキよってエネルギーを奪われて段々と減速します。このときの減速度はブレーキの大きさに比例します。この減速度を回転センサーで検出して演算すれば絶対値のブレーキ力を推測する事ができるわけです。

ここでは、移動距離=ブレーキ実効半径(m)×回転数となり漕手の仕事量がでます。

コンセプトエルゴでは毎ストローク事に回転板の減速度を測ってデイスプレーの表示値に反映させる仕組みになっています。回転数の代わりに回転速度(=回転数÷運動時間)を掛ければワット(W)の表示が演算可能となる訳です。

ブレーキダンパを同じ目盛り数値の合わせても古いエルゴは埃が空気窓に詰まったりして同じブレーキ力になりませんので以下の方法でブレーキ力を合わせることが可能です。

  1. 電源を入れる
  2. デイスプレーのRESETとREADYのボタンを同時に押す
  3. 右下の窓にDRAG FACTORの表示が出ることを確認
  4. 3ストローク以上漕ぐと三桁の無名数でブレーキの大きさ(減速度)が表示される
  5. 表示を確認しながらダンパのレバーを使い望みのブレーキ値に調節する(私はいつも120で漕いでいます)

既にお気付きの方があると思いますがこの方法は回転板の軸受けの摩擦抵抗も含めて計算される利点があります。それとどのDRAG FACTORを選択してもスコアは影響を受けないように演算されます。重い種目の選手とエイトのような速い種目の選手はベストスコアが出せるDRAG FACTOR値は当然違い、調節が要ります。これを専門的には身体と負荷装置とのインピーダンスマッチングといいます。

さて、最後にやっかいなモノレール胴内のゴムひもの影響に付いてのべます。ストロークで引き延ばしてフオアードでその縮む力を利用してチエーンが巻き込まれる構造になっています。漕手の仕事量をハンドルの位置で表現しなおせば、仕事量=ストロークを引く力(N)×ストローク長(m)×ストローク数です。 実際は回転板を回す為とゴムひもを伸ばす力を同時に発揮しているわけです。ゴムひもを伸ばすに使った力は当然スコアに反映されないことになります。普通ハンドルを引く力は30kg程度です。ゴムひもの張力は2kg前後ですから約7%の力が無視されている訳です。しかもこれは強い人も弱い人にも平等にかかり、ストローク数に比例ますから弱い人ほど誤差の割合が増えます。従って、弱く漕いでレートで稼ぐ作戦はエルゴ測定に於いてはハズレです。次善の策としてエルゴ大会やスコアを比べる体力測定時では事前にこのゴムひもの張力を揃えて誤差量を合わせておくことと、レートを指定する必要があります。たぶん、コンセプト社では設計段階で標準的な一定量の仕事量を表示値に加算する演算式を組み込んでいるのでしょうがでも、張力は合わせるべきです。

この文書の情報

この記事は、2002月刊Rowing1月号に掲載されました。