The Coach's Corner Vol.6

The Coachヨーロッパを行く 〜デンマーク編〜

坂本剛健(goken@rowing.jp)

どうも,The Coachです.先月はフォーラムについてご報告しました.ヨーロッパに行くきっかけはフォーラムだったのですが,せっかくヨーロッパに行くのにトルコだけではもったいない.ついでにデンマークへも行きたいなと思いました.でも調べてみるとデンマークは物価が高く,宿代なども相当かかりそうです.早速友人のLarsに連絡しました.「フォーラム前後にデンマークへ行こうと思うんだけど」「へぇ,それならうちへ泊めてあげるよ」とあっさり決定.お言葉に甘えて1週間滞在してきました.目的は当然デンマークのロウイングを目の当たりにしてくることです.この夏,彼らのレース直前の練習と,試合を見ました.彼らは3種目でメダルを獲得し,レベルの高さを見せ付けていきました.対する日本は総力をあげたにもかかわらずメダルゼロ,それどころか決勝進出もわずか.なぜこんなにも違うのか?その秘密を探る旅です.行ってみると意外な事実が次々と明らかになりました.

ナショナルチームのスタッフ

僕を泊めてくれたLarsはデンマークのチームマネージャーで,彼がデンマークのロウイングを統括・運営しています.仕事は,彼が列挙してくれたことによると,以下のとおりです.

つまり,ナショナルチームがうまく機能するためのすべての仕事を彼が行っていると言うことになります.そのために彼はフルタイムの専任スタッフとして働いています.もう一人フルタイムで雇われているのがコーチのカーステン・ハッシングで,彼はLarsのサポートを行うのが職務の半分,コーチングがもう半分と言うことでした.その他の人はコーチも選手も他に仕事や学業を抱えて活動しています.ナショナルチームのコーチたちへの金銭的なサポートは平均年収の1/2〜1/3ということで,他に仕事を持たないとやっていけないということでした.ナショナルチームがらみの予算は年2億円程度だそうです.日本はいくらだったっけ?

ちなみにLarsは1995年世界選手権のM2×チャンピオンです.デンマークのエルゴ記録も彼が未だに保持しているとか.滞在中に彼と一緒にランニングする機会がありましたが,速いのなんの.彼はマラソンでサブスリーを達成したことがあるそうです.彼にちぎられたのがちょっと悔しかったので,最近たまにランニングしていると言うわけです.次ぎ会う時には僕が彼をちぎり捨てる予定です.

ナショナルチームトレーニングセンター

コペンハーゲン空港にはLarsが迎えに来てくれていました.早速そのままトレーニングセンターに連れて行ってもらえるということでドキドキします.センターはLake Bagsvaerdのほとりにありました.湖周辺は非常に美しく高級住宅地で,デンマークで一番高価な家や首相の家もその辺にあるそうです.早速センター内を探索してみると,それほど広くも無いトレーニングルームにはtypeDエルゴが10台とウエイトの設備が少々.それだけしかありませんでした.ちなみにエルゴはコンセプト社からの無償提供だそうです.しかも全体的に狭い.もともと幼稚園だったところを買い取ってトレーニングセンターにしたそうです.そら小さいわ.艇庫も見せてもらいましたが,まぁ普通でした.

湖にはコーチング用カタマランが10艇ほど浮いていました.そのうち6つくらいがナショナルチームの持ち物なのかな?このLake Bagsvaerdは小さな湖で,直線で2kmギリギリしか取れません.どれくらいギリギリってホンマギリギリで,ゴールしたクルーは全員で抵抗かけないと岸に突っ込むほどです.湖の感じは,瀬田で言えば水管橋から近江大橋くらいまでの距離で,幅を半分くらいにした感じですね.普段のトレーニングは,見ていた限りでは1500mほどのところをぐるぐる回っていました.戸田みたいなもんです.コーチたちは,瀬田で見たように,他のクルーなどお構い無しにガンガン波を立てて走り回っており,みんなその波をかぶりながらがんばって漕いでいました.もしかしてラフコン対策としてわざとやってんじゃないか?と思うほどえげつなかったです.僕もやってみようかな.

 

そして,Larsたちの事務室はここにあります.つまり,デンマークチームの方針を決めるチームマネージャーと,現場スタッフであるコーチと,活動の主体である選手が,常にコミュニケーションを取れる状態になっているわけです.Larsが選手の個人的な相談に乗ったり,コーチとディスカッションをしたりしている様子も伺えました.どこかの国のナショナルチームがこの秋からずっと揉めていますが,その事の発端は関係者間のコミュニケーション不足だったと聞いています.デンマークみたいなシステムを導入してみてはいかが?

デンマークテストセンター

日本で言うJISSにあたるテストセンターはOdenseと言う地方の,大学内にあります.ここには以前瀬田漕艇クラブで講演していただいたKurt Jensen氏が常駐しており,様々な競技の測定をしています.規模は想像していたよりも遥かに小さく,数部屋程度でした.しかし工作室が隣接しており,エンジニアも常駐しているのが非常にうらやましい!新しい測定器具を作ったり,プログラムを書いたりするのはそのエンジニアがやってくれるわけです.僕が行ったときにはちょうどボート用の測定器具を開発中でした.

測定項目や測定機器も見せてくれましたが,オーソドックスなものばかりです.ロウイングに関してはエルゴでの6分間漕中の呼気ガス分析が中心で,2年ほど前からスライド付(つまりstaticではなくdynamicエルゴ)でやっているそうです.そのテスト中にはForce,ハンドル&シート動き距離なども測定できるようになっており,それを集計して平均化し,カーブ表示できるようになっており,それを用いてのテクニック評価(ディスカッション)なども行えます.乗艇では数年前からバイオメカニクス解析を始めたそうです.アテネオリンピックで優勝したLM4-のデータを取ってみたところ,4人のフォースカーブはバラバラだったとか・・・.それをどうコーチングに生かすのかと聞いてみたのですが,「いまはデータベースとして蓄積している最中だからなんとも言えないよ」とのことでした.

デンマークはタレント発掘がイマイチうまくいっていないと感じているようで(ホンマか),その一環として,ジュニア選手にも1週間テスト(5種目テスト:10秒,60秒,2000m,6000m,60分)を導入しようとしています.しかしジュニア選手に60分測定をさせるのはどうかという意見もあり,そのことについてLarsがKurt Jensenに相談していました(僕にも分かるように英語で話してくれました).Bent Jensenなどの意見としてはジュニア選手にも60分測定をやらせろと言うものらしい.Kurtの意見としては「60分が厳しいなら6000mと60分の間を取って40分測定を入れた4種目テストにしては?」と言うものでした.その最終決定権はLarsにあるらしく,帰り道でもまだ彼は悩んでいました.

デンマークの選手たち

冬の間,ナショナルチームを狙う選手たちは普段は自分のチームで活動し,週末を中心にトレーニングセンターに集まってナショナルチームとして活動しているそうです.平日も二日くらいはトレーニングセンターで練習するようにしたいとのことでした.デンマークは小さい国だといっても全土からコペンハーゲンに通ってこられるわけではありません.つまり,ナショナルチーム入りを狙う選手は基本的にはコペンハーゲンに引越ししてくることになります.例えばアトランタオリンピック金メダリストで現ナショナルチームコーチのPoulsen氏は選手として真剣にやろうと決めた時に湖から徒歩5分のところに引越しをしたそうです.しかしコペンハーゲンは物価が高いので,みんな部屋をシェアして住んでいます.いわゆる同棲が非常に多い.それもびっくりしたことの一つでした.

デンマークは福祉国家として有名ですが,大学を含む教育も無料です.しかも大学生の場合,政府からの補助(約84000円/月)が計70ヶ月もらえます.国にとってそれは投資であり,大学卒業後はたくさん税金を納めてね!と言うことのようです.ですからナショナルチームの選手にも大学生が非常に多い.結構年が行っているのに大学生なんてのは当たり前です.前出のPoulsen氏(35歳)は以前働いていましたが,いま再び大学へ通っているそうです.

デンマークのトレーニング

今回は乗艇トレーニングも何度か見学できました.僕が行ったときはまだ適当にクルーを組んで様子を見ている程度でしたので,コースを1時間程度ぐるぐると回ってハイ終わり,と言う感じです.ターンでは「そこまでがんばるか!」というくらい一生懸命艇を回していました.軽量級4−または8+を組むために選手を集めて育成中とのことでした.僕が見た限りはまだまだスピードが出ていない感じで,特に目に付く選手もいなかったのですが,そこからどうレベルを上げてくるのか楽しみにしたいと思います.

いままでは本当にロウイング中心というかロウイングしかトレーニングしないと言う感じだったようですが,この冬はウエイトトレーニングやクロスカントリースキーを練習に取り入れてみるそうです.専門家と具体的なやり方について協議中とのことでした.どうなるかな?

様々なスポーツで取り入れられ,効果が喧伝されている高地トレーニングはロウイングにおいてもイギリスやノルウェーあたりが取り入れていますが,デンマークでは導入の予定は無いとのことでした.選手ごとに高地への適応が異なるからチームボートではやりにくいんだよねーとのことでした.トレーニングプログラムにしてもそうですが,余計なことをしないシンプルさがデンマークの魅力かなと思います.そういえばデンマークの家具などのデザインもシンプルですね!

デンマークのロウイングクラブ

滞在中にいくつかクラブを訪れる機会もありました.コペンハーゲンではDanske Studenters RoklubやKVIKなどを見学しました.歴史は古く,例えばKVIKと言うクラブは1866年に設立されたそうです.これらのクラブはコペンハーゲンの中心部にあり,運河に面しています.水面コンディションは良くないためにそこで乗艇練習することはあまり無く,レース艇はLake Bagsvaerdに置いて普段のトレーニングはそっちでやっているそうです.一つのクラブは36m四方のサイズがあり,1階は艇庫とトレーニングルーム,2階には更衣室,体育館として使えるフロア,パーティ会場,バー,ラウンジ,キッチンなどがあります.訪れたのは午後2時頃でしたが,練習後なのか,シニアのクラブメンバーが談笑しているところでした.瀬田ローも早くこのような雰囲気にしたいものですね!トレーニングルームにはエルゴが20台以上あり,ウエイト器具なども充実しています.ロウイングタンクも設置されていました.ナショナルトレーニングセンターより遥かに充実したつくりです.どのクラブも同じつくりなのでなぜかなと思ったら,公的な支援を受けて造られたためだとの事でした.このようなクラブがここには4つほど並んでいました.

瀬田に来ていたLW4×の一部選手がメンバーであるコペンハーゲンロウイングクラブでは,デンマークの伝統的な船であると言う木艇に乗せてもらいました.早い話がナックルみたいなもんです.艇の幅が広いのでリガーはありません.今でもこの艇種は非常にポピュラーで,これでツーリングをしたり,レースをしたりするのだと教えてもらいました.LW4×のメンバーがこの艇で僕をコペンハーゲンの運河めぐりに連れて行ってくれたわけですが,あいにくの雨と強風でなかなかハードなクルージングとなりました.

まとめ:デンマークはなぜ強いか?

小さな国というのを逆手にとったシンプルなシステム,余暇を大事にする文化,学生に対する政府の援助,常にトップレベルのロウイング見ながら練習できる環境・・・日本には無く彼らにあるものはいろいろとありましたが,「これだ!」と言うものは見つかりませんでした(ついでに言うと嶋田君に頼まれていた,収益事業の新商品になりそうなものも見つかりませんでした.スンマセン).すべてが少しずつシステムに寄与し,その結果今までのような結果を出してきたのでしょう.

強さとはあまり関係ないかもしれませんが,この夏以降受けた印象では,彼らは我々よりも余裕を持ってロウイングに接しているように感じました.練習だけを見れば日本のほうが黙々とがんばっているように見えます.彼らももちろん練習は一生懸命やっていますが,その中に楽しさを持っている.練習前後のみならず練習中も笑顔が絶えませんでした.「自分がやりたいからやっている」という動機付けがしっかりしているのではないでしょうか.また今回普段の彼らと接する機会があったわけですが,彼らはロウイングを中心にしながらも,それ以外の人生も楽しんでいるように見えました.それらを両立できる環境を整えている国のシステムがうらやましいなと思いますが,システムを支えているのは人々の価値観です.もしかしたらデンマークチームの強さの秘訣は,彼らの価値観に沿ったシステムを作り上げたことにあるのかもしれないなと思うようになりました.

日本では,まず我々の倶楽部から「生活の一部として普通にスポーツ(ロウイング)が存在している」という価値観を発信し,そのようなシステム作りに寄与できれば最高だと思いませんか.僕は,コーチとしてロウイングを教えるだけではなくて,ロウイングを楽しむことを選手に伝えたかったのだと言うことを再認識したところで,今回の報告を終わりたいと思います.

謝辞

今回デンマークでいろいろと世話してくれたLars,その場のノリでスウェーデンまで連れて行ってくれたCarsten,運河ツアーに連れて行ってくれたLW4×メンバー,自分の出身クラブのイベントを見せてくれたJuliane,その他大勢の人のおかげで今回のデンマーク旅行を満喫することができました.きっかけは杉藤さんがこのチャンスを瀬田漕艇倶楽部および僕に与えてくださったことで,夏のキャンプ受け入れのときは本業を大幅に削って,しかも無償で働いたわけですが,その後の世界選手権観戦そしてヨーロッパ旅行で充分にお釣りがくるほど充実した数ヶ月となりました.ありがとうございました.

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