世界選手権に参加して

杉藤洋志

本年度の世界選手権に、私は女子担当コーチとして参加いたしました。今回の遠征チームには、瀬田川にゆかりのあるメンバーが大勢いました。瀬田RC育ちで、昨年度の代表選手であった玉川由紀さんは残念ながら代表権を逃しましたが、東レから2人、瀬田工OBでトヨタ紡織メンバーの2人、遠征の前半部分だけでしたが、瀬田工OBのコーチ、武良誠さん、そしてなによりも、瀬田RCのコーチを長年務めてきた坂本剛健さん。逆に、戸田に拠点を置いている選手は男女とも1名づ つでした。地方の時代、などと使い古された言葉を使うことをためらいつつも、やはり(中央だけでなく)みんなで元気にならないと日本は今後おかしくなる、という思いを強く持ちました。そんな思いを下敷きに、遠征報告の詳細はボート協会からリリースされる正式なものを参照いただくとして、ここでは私の雑感を述べたいと思います。

デンマークチームの底力はすばらしいものでした。ワールドカップ第3戦での軽量ダブル男女アベック優勝は圧巻の一言。フォアも急造ながらアテネまでの中心選手2名が復活して、世界選手権の決勝まで進みました。伝統の後半追い込み型のレース運びも健在。ただし、その「伝統」に固執しすぎて、世界選手権決勝では女子軽量ダブルと男子軽量フォアは不発。伝統をかなぐり捨てるかのように前半から飛ばす男子軽量ダブルの優勝はそれだけにすばらしいものでした。デンマークチームの中心選手たちは、非常に長期間にわたって世界の舞台にチャレンジを続けてきた選手たちばかりです。10代のころからデンマークのボート界の総力を結集して育てられた選手、と言えるでしょう。狭い国土と少ない総人口(そして競技人口)。努力は報われることを彼らは教えてくれているような気がします。

カナダチームは、男子エイトでの圧倒的勝利に比して、そのほかの種目では苦戦続きでした。底辺レベルでの競技人口は爆発的な増加を示しています。しかしながら、以前は非常な強さを誇った小艇や軽量級での地盤沈下が目立ちます。広い国土に多数の競技人口を抱えることが、いいことばかりではないようです。カナダは、小艇をもちいて普段からトレーニングで並漕を行うことを先駆的に取りいれた国です。カナダの男子エイトは、マイク・スプラクレン氏が指導しています。彼はその練習スタイルを踏襲しながら、しかしながらボートのスピードだけでなく、トレーニングにおける「闘争心」を最も大きな基準として選手を主観的に選抜するそうです。男女のエイトは、実は近年最もタイムの伸びが鈍い種目でもあります。存外「大国」以外は挑戦をためらう種目となっているのかもしれません。一本で遠くまで運んでやろう、というパッションを強く感じるカナダの男子エイト、さて来年の五輪タイトルを取ることが出来るんでしょうか。

今回、ドイツチームは不振だったと言っていいでしょう。金メダルはゼロ。金どころかメダルにも、決勝にも届かなかったクルーのコーチが言うのはおこがましいですが。スタートでの出遅れ、ラストスパートであと一息が伸びない、どのクルーも、金メダルを期待されていた、06年のチャンピオンである男子エイトもふくめ、負けっぷりが一様でした。無敵を誇った70~80年代の面影はすでに遠く・・・いや、逆に、その面影に亡霊のようにとり憑かれているのでは?低強度、長距離、のトレーニングが当時のドイツの先駆的な取り組みでした。90年代に代表選手であった私は、当時からそのドイツの練習スタイルの真似を試みたものでした。ドイツクルーの負けっぷり、どうもその時代のスタイルから抜け出せていないのでは、と感じます。

私の担当した女子軽量ダブルは、0.05秒差で出場権(8位以内に与えられる)を逃しました。結果は悔しいモノながら、おおきな前進も感じることができた大会でした。来年の五輪は、世界だけでなく、日本国内もあっと言わせてやりたい、と今から思っています。日本は、いまだ世界の強豪とは言えません。日本ならでは、日本人はこうやって勝つ、というスタイルをはやくみつけて行きたいものです。どうやったらいいのか、いろいろな意見があると思います。しかし、いちばん必要なことは、国内が総力を結集すること。一部の実業団の選抜チームのような様相では、いつまでも国内選抜チームのレベルから脱皮はできません。日本代表も、みなさんの身近な存在でありたい、そして、ぜひみなさんも、世界の舞台を遠い向こうの出来事のように考えないでほしいのです。

長期遠征をしたA1チームを率いたのは、ごぞんじ坂本剛健コーチ。そして、それ以外の女子とスイープのメンバーは、ルツエルンに旅立つ前の国内事前キャンプを瀬田で行いました。瀬田川を漕ぐたび、モーターボートで走るたび、いい所だなあ、と思います。日本のボートのメッカは、やっぱりココじゃなきゃ、と感じます。強い選手の出現、いいクラブをつくること、スポーツとの健全なかかわり、日本のボートがステップを進めるためには、ボートにかかわる一人一人のレベルアップが欠かせない、そしてそのムーブメントはやはり瀬田川から起こるのだろう、いや、起こさねば、と思いながら、ドイツをあとにしました。

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