人の馬力−おごるな人間!−

前回につづいてこの1月に開催された少し変わったボート競技会を紹介する。 寒い冬にボート大会とはと不思議に思うのは当然で、正確な大会名称は全国マシ ンローイング近畿大会という。 もう、お判りだろうが体育館に選手が集まって 35台並んだボート漕ぎ機械を一人ひとりの選手がスタート号令とともに一斉に 漕ぐのである。そして機械のモニタが表示するスコアを競う大会だ。この日は六 百人近くが集まった。

昔からボート競技は「一艇ありて一人なし」といわれてきた。つまり、チーム 全員が力を合わせて一糸乱れぬオールさばきを競うことがボートの王道とされた。 個人の漕力は他のスポーツのように打率とかタイムで表現するすべも無かったし、 スタープレヤーの存在はむしろチームの足を引っ張るとして否定してきた。チー ムスポーツの中でも究極の競技といわれたゆえんであり、今も漕友達はそれを誇 りにしている。

ところがこのボート漕ぎ機械が豪州で20年ほど前に開発され個人の漕力が容 易に測定可能になった。この機械を利用し、優秀な個人を選びだした選抜チーム がボート競技界にも誕生した。選抜チームは今まで考えられなかったような艇速 をだして伝統的な単独チームを圧倒することとなった。あたりまえの話といえば それまでだが、ボート界にとっては単なる測定機械の出現を超えた大革命が起こ ったのである。

もともとボート競技は水面に浮かんだボートを人の体から出るエネルギーを使って漕いで、水の抵抗に逆らって進むという単純なる物理現象を利用している。 したがって、レースの進行中に一打大逆転のようなゲーム性は期待できない。選手や監督、応援団にとってはとても認めたくないことだが今日負けた相手にはたぶん明日のレースにも勝てないのがこの競技の本質だ。エンジンである漕手と艇体が同じものなら一夜にして大きな向上は望めないのは当然のことといえる。勝つためには事前に大きな馬力のエンジンと高性能の艇を準備するしかない。大きな馬力を得るために強力な個人を集めるのが最も確実かつ、有効である。ここでボート漕ぎ機械が果たす、他のスポーツにはない大きな役割をご理解いただけたと思う。

人の体を自動車に例えるなら、ハイブリッドエンジンを持っていると考えれば分かり易い。専門的には内燃エンジンと二種のバッテリーを備えていると考えられている。漕ぎはじめのひとときは約一馬力を出せるが、3分も経たないうちにバッテリー容量が尽きて荒い呼吸となる。あとは内燃エンジンだけの1/3馬力程度の出力に落ちついてしまう。ゆわゆる有酸素運動に移行するのである。マシンローイング大会はこのささやかな、人のもともとの能力を争う大会である。

私が毎日通勤で使う車は自分の体の百倍も能力のあるエンジンを積んでいる。隣ではビルの解体工事で巨大なブルトーザーがうなりをあげてコンクリートの固まりを打ち砕いている。私たち人間は大変大きな機械力を介して生活をするようになってしまった。昔からつづいてきた、人間活動の原点にもどり、日頃を考えさせられる良い機会となった。

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この記事は、2002-2-1に京都新聞に掲載されました。