God dag!Denmark!

今月は注目のデンマークのボート事情についてです。デンマークチームへ瀬田水域を紹介してくださった杉藤さんに投稿をお願いしました。

デンマークチームが瀬田に来る!

杉藤洋志

こんにちは。幽霊部員こと杉藤です。妻の滋賀県教員採用とともに滋賀県に移り住んで、もうすぐ4年になります。瀬田RCでは、「東レのコーチ」という認知のされ方が一般的かもしれませんね。

さて、デンマークチームの瀬田合宿が決定しましたね。おめでとうございます・・・?やった・・・?上手な言葉が見つからないですが、とにかく画期的なことです。今年は日本で東洋初の世界選手権が開催されます。開催地の選定プロセスや日本協会の選手権そのものに対する「勘違い」には大きな問題をはらんでいますが、ここまで育ててくれた日本のボートへの恩返しの思いも込めて、僕は選手強化の真っ只中に居ます。僕は選手としては瀬田を根拠地としてトレーニングを積んだことはありません。ですが、当時ナショナルチームのヘッドコーチだった古川氏の許での合宿や、駆け出し当時の僕が当時のトップ選手だった堀内氏を頼っての合宿、北海道在住当時に春先の選考の対策のために武良氏とおこなった瀬田での自主合宿、など、自分の選手生活の節目に必ず世話になった水域でもあります。そんな私の大好きな瀬田川のボートマンの目の前で、世界屈指のボート強国・デンマークの世界選手権直前の練習が繰り広げられることは、本当にうれしい出来事です。

デンマークといえば、みなさん何を思い浮かべますでしょうか。北欧の王国、アンデルセン、人魚姫の像、長くドイツに支配されていた、世界最大級の船会社マースクライン、コペンハーゲン、パン好きの人なら「デニッシュ」でしょうか。スポーツ選手は誰か名前を挙げられますか?一時期Jリーグ神戸に在籍したラウドルップ選手くらいでしょうか。サッカーは国民的な人気を誇るスポーツのようです。意外にも、北欧デンマークの冬季オリンピックでの初めてのメダルは、前回ソルトレークシティでのカーリングだったそうです。ノルウェイ・スウェーデンのような急峻な山は無く、また冬季結氷して国土をスケートリンクにしてしまうオランダのような運河の網目も無い、実はデンマークは冬季五輪では弱小と言って差し支えありません。そんなデンマークが誇る代表チームが、ロウイングチームです。なかでも、ここ11年間で9回世界チャンピオン(オリンピック含む)になっている男子軽量級舵手なしフォアのクルーは国民的な英雄です。

昨年11月、FISAコーチカンファレンスを前に瀬田川視察のために来日して瀬田RC艇庫での食事会の際にその片鱗を話してくださったことは記憶に新しいところですが、デンマークチームについて、(偏見に満ちた)みどころ紹介をさせていただきたいと思います。たぶん、脱線が大部分になってしまいますが、デンマークの強さのどんな部分にわれわれが学ぶべきかをみなさんに知っていただくには、どうしてもその脱線が必要だとおもって辛抱して読んでくださるようお願いします。さっそく予断ですが、あのとき、僕にとって一番印象的だったのは、カナダチームの若いコーチ2名の真剣な目でした。世界でもっとも無敵を誇る上記の舵手なしフォアを率いる、ベント・ヤンセン氏の言葉を、ひとつも聞き漏らすまいとする勢いでした。ちなみにデンマークからの2名の視察団は、件のヤンセン氏(プロコーチ、鉄道技師)、そしてナショナルチームコーディネーター(テクニカルディレクター、またはゼネラルマネージャーと言ったほう良いか?彼はフルタイムでナショナルチームに関わっています)のラルス・クリステンセン氏でした。

日本のボート関係者はよく、「ヨーロッパの強国の選手はみんなプロフェッショナルで、フルタイムでトレーニングしている」という噂をしています。旧東欧諸国ならいざ知らず、少なくともデンマークはそうではありません。みな、フルタイムの仕事を持ち、そのかたわらトレーニングしています。ただし、国策として週37時間労働が国内のあらゆる層に徹底されていることや、余暇活動に対する行政のまた社会的なサポートが強いことは、日本と大きく違うところでしょう。しかしながらどんな選手も、とうぜん現在世界チャンピオンである選手も、ロウイングに取り組むためには、自分の余暇時間を使って、自分自身のキャリアを持ちながら、コミュニティベースのクラブでそれぞれのペースでトレーニングを行っています。オリンピックイヤーには、フルタイムでのトレーニングを可能にするため、本番前の6ヶ月間は休職し、国からの経済的サポートを受けるシステムになっています。ただしこれもアテネから。デンマークは、ロウイングにとどまらず世界の五輪金メダリストの中でもたぶんもっとも稀有な例ではないでしょうか。ロウイングでも中国を筆頭に旧東欧圏では基本的に五輪代表レベルではフルタイムでトレーニングを行っています。旧西側でも、イタリアなどはジュニア期からの有望選手に警察学校在籍としてフルタイムトレーニングの環境が与えられています。僕がよく知っているカナダでは、世界レベルの選手たちには国からの資金サポートがあります。とはいってもそのサポートは微々たるものでパートタイムの仕事を持ち、選手同志でアパートをシェアして暮らしていますし、そもそも世界レベルになってその座を勝ち取るまでは、国のサポートは皆無と言ってよい、ほかの国の大学選手・コミュニティクラブ選手と同じです。

日本の社会人選手を見て、しばしば物足りなく感じること、それは、自己責任でロウイングに取り組む姿勢に乏しいことです。いわゆる「実業団選手」は、マネジメントの作業をほとんど行うことなく、会社から休暇も、機材も、遠征の際の交通費も、レースへのエントリー料も、ときには食費まで与えてもらいながらトレーニングをしています。脱線ですが僕が大学に通いながら代表選手をしていたとき、自己負担金はチーム負担、練習の合間に銭湯にでかけてその帰りに買ってくるもの(しばしばアスリートにあるまじき菓子)もすべてチームの名前で領収書を切る選手たちに、ほんのちょっぴりのうらやましい気持ちと、それに数倍する反感を感じたものです。逆に、そんな「実業団」でない職場で働きながら、キャリアとスポーツの両立をすべくトレーニングに励む選手たちが、職場の制約を乗り越えて力をつけると言う例が本当に乏しいこともまた、さびしいことだと感じざるを得ません。最近の稀有な例としては、歯科医師である小日向さんが挙げられるでしょう。ヨーロッパ諸国(おもに旧西側諸国)の選手たちにとって当たり前のことが、日本では定着しないことには、多くの要因があるのでしょうが、その壁を打ち破る選手の出現を願わずに入られません。

いやいや、脱線が過ぎますね。デンマークチームの注目ポイントとしては、やはりその練習ぶりでしょう。「猛然」という言葉が似つかわしいです。冬は漕げない本国の湖、そして選手は各々仕事を持っている、時間制約がある中でのトレーニング、彼らの答えは高強度でのトレーニングです。60分のトレーニングなら、その60分ですべてを使い果たす、オールアウトになるかどうかが、そのトレーニングの生理学的な意味での評価基準になります。エネルギーが残っていたら、そのトレーニングは失敗、というわけです。技術練習だけのセッションは存在しません。オールアウトの中で技術をコントロールできるかどうか、を彼らはトレーニングするという思想だからです。世界選手権の予選を終えて、準決勝を控えた日にもそのスタイルにはまったく変化が無いことには度肝を抜かれました。とうぜんジュニアも同じです。またまた脱線になりますが、彼らを瀬田川に案内のために連れ出した際、川だけでなくどうも鳥を見ていることに気づき、聞いてみました。「鳥を見てるの?」「ああ。あれはイーグルかな?ダックはハンティングできるのかい?」・・・ハンティング?そう、狩猟です。国民的に人気の高いレジャーで、2人の共通の趣味だそうです。さすが、狩猟民族。そんなアグレッシブなメンタリティにも、この練習スタイルはぴったりと符合するのでしょう。その瀬田川で、僕のコーチングする実業団の選手がすれ違いました。瀬田川では、いや、日本でも屈指の、ハードなトレーニングに励む彼を、ヤンセン氏は一刀両断。テクニックがなってない、ドライブが弱い。 あとは、どうぞみなさんこの夏、瀬田川に浮かぶデンマーククルーを見てください。僕は、日本のボート関係者たちに、レースそのものはもちろんですが、それ以上にトップクルーの練習振りを見てもらいたいと思います。きちんと観察すれば、レースでの数秒の差は、トレーニングの場面での遠大な差から来ることが良く分かると思います。そしてどうかコミュニケーションをとってください。デンマークの人たちの話す英語は、世界一きれいな英語ですから。多くの示唆を得られることは間違いありません。

蛇足かもしれませんが、ひとつ、昨年の瀬田RCボートハウスでの食事会での一幕を。ある大学コーチからの質問に、こんなものがありました。小艇でのトレーニングから移行して、大艇を組むタイミングは?カナダのコーチは彼らのトレーニングスタイルを詳しく話してくれました。デンマークのコーチたちは、???の表情。フォアを走らすんだからフォアでトレーニングするに決まってるだろ?との反応。大切なのは、人まねで無く、しかしながら客観的事実に裏付けられた信念を守って前進していくことなのだと思います。ハンディを乗り越える努力とは、つまり自分のおかれた状況を自分の味方にし、自分の武器にする努力なのだと、彼らは教えてくれていると、僕は思っています。

瀬田RCとデンマークチーム、2002年W杯前のカメルーンと中津江村みたいになるといいな、と個人的に願っています。

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