筋トレはボートを速くできない

この稿がみなさんに届く頃はアジア大会も終わって日本のボート界もやっと落ち着いてオフシーズンに入った感となっていると思います。 選手とコーチ達はそれぞれ今シーズンを振り返りつつ来年こそはとトレーニングの計画を練っていることでしょう。

今回のテーマはその意気込みに水を差そうとする意図ではありません。 今まで成功しなかったのは努力不足とばかり考え詰めて、自分達を責めるだけではあまりにも精神的過ぎると思いませんか。目標未達成は努力不足だけが原因とは限りません。常識、実はこれほど当てにならないものはないのですから。これに挑戦して別の攻め方を工夫するヒントにしていただけるならうれしい限りです。心して今回も過激に行きます。

35年も昔の私

ひと昔の3.5倍の昔、私は現役選手バリバリで自信に満ちた鼻持ちならない選手だったと思う(陰の声:そのままオヤジになった?)。その頃の冬期トレーニングのコンセプトは次のようであった。「筋力はウエイトトレーニングで付け、ランニングで持久力を付ける」これでボートに必要な体力要素は万全だ。との発想で、私は連日バーベルを挙げ、走り廻っていた。

現在、コーチをしてあなたが今も同じ考えでトレーニングを計画しているなら、35年間の日本のボート界の競技力向上への努力は何だったのか?高い金を使ってのコーチ研修会は昼寝の場を提供していたのか! 直ぐにコーチをヤメロ!!こんなコーチに接する度にバーベルをコースに投げ捨てたくなる強い衝動を覚える。

コーチ研修会でいつも決まって質問がでるのは「筋トレはどんな種目をどれ位やればいいんですか?」全く話を聞いとらん。アホか。ボートのトレーニングにおいては筋トレは付け足しなのだ。これではかっての恐竜のように進化しないまま絶滅を迎えたいとしか思えない。

まあ、少し落ち着いて話そう....。

当時は、自覚しないまま冬はウエイトリフターであり、ランナーであったのだ。事実大津市内の競走会で何回かチャンピオンになったこともある。そして春がきてから漕ぎだしてはじめてボート選手としての実質的なトレーニングを開始していたと言うのが客観的事実だ。その間には私より期待されていた仲間の多くは冬期のウエイトで腰を痛め、ランニングで膝をダメにしてボート界から去って行った。

私は百姓の息子で幼い頃から田畑の手伝いで基礎体力(体幹補強)は完成していたから怪我には強く生き残った。そして、全日本チャンピオンになれたのはボート選手として最優秀の素質があったというより怪我に強かったというのがどうも真相なのである。

今思えば、漕艇ではなく生き残りゲームが行われていたのだ。それと同じことを今、受験勉強しかやっていない若者にやらせたらどうなるのか。問題ははっきりしている。

筋トレの効果

負荷(ウエイト)を使いる一般の筋トレでは最大努力に近い負荷をかけることになる。従って、タイプI(赤)筋、タイプIIb(白)筋を総動員するように脳からの指令がだされる。結果、主にIIbが筋の肥大による体の順応がおこり、絶対筋力は増加する。

また、筋持久トレーニングという筋トレがある。これは一時期流行した耐乳酸トレーニングのひとつであり、身体の限られた筋肉への耐乳酸トレーニングの呼称とも言える。このトレーニングではIIb筋までの筋を総動員(比較的軽負荷でもI筋が疲労した後はIIb筋へと動員がすすむため)させて、乳酸が発生して運動が困難になるまで行うものである。持久とは名ばかりで乳酸性無酸素トレーニングの典型である。このようにして改善された無酸素系エネルギー産生能力から得られる爆発的なエネルギーはボート競技のスタートとゴール前のスプリントで発揮されるが、競技の主役にはなれない。つまり、コンスタントスピードで漕いでいる区間はIIb筋はほとんど働いていない。働き放しでは乳酸が溜まり運動が継続きなくなるからである。

もうひとつの期待できる筋トレ効果とは、私が幼い頃、田んぼで養った体幹筋肉の強化である。人間が後足で歩行するようになって以来悩まされることになった腰痛、特にローイングは腰にとって歩行の比ではないくらい過酷である。これを守るのが体幹を支える筋群(腹筋・背筋etc.)の働きである。

また、ローイングのストローク中での強力な脚ドライブをオールのハンドルまで伝えるためには体幹がしっかりしていることが条件となる。以上、この他には筋トレによって得られるものはなにも無い、後は大きなリスクが残るばかりだ。

筋トレのリスク

ボート競技は持久運動であり、レース中での平均艇速を決定するのは有酸素系エネルギー産生の大きさである。これは言うまでもなくUTトレーニングに代表される持久トレーニングにより鍛えられるタイプⅠ筋が主役となる。筋肉はその性質によりタイプI筋とタイプIIb筋そしてその中間的な性質のIIa筋の三種類に大別されるのはご存知のとおりである。そして、運動強度があがるにしたがって下図のごとくに左側のI筋から順次右のIIa、IIbへと動員がかかる。

中間的性質のIIaの筋がトレーニングによって左右どちらかの性格をおびることがトレーニング効果のひとつとなる。言うまでもなくボートでは有酸素トレーニングが優先されるべきである。筋道をたてて、IIa筋をどちらに行くべきかと迷わせてはいけない。

また、筋トレ等の無酸素トレーニングによるIIb筋への刺激はI筋中での有酸素酵素活性やミトコンドリアの増強を阻害するとの説も有力となっている。つまり先々号でも述べたように欠点補強トレーニングと称して有酸素(持久)タイプの選手にパワーを付けられれば鬼に金棒とばかり期待して、筋トレをやらせたらどうなるか? もともと少ないIIb筋の持ち主だから筋トレ効果はあがらないうえに、得意の持久力も失ってしまう結果となる。金の卵をこのようにつぶすことになってはコーチの責任重大である。

それと筋トレ中の障害発生でボート選手を断念した者がなんと多いことか。そして筋トレ効果は筋トレ運動への体の順応であり、ローイングそのものへではないことを忘れてはいけない。もう、スペースが無くなった。言いたいことの半分も言えなかった。次回は反論を持って、それをネタに少しアカデミックに続編を書くことにしたい。

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