続・筋トレはボートを速くできない

筋トレはボートを速くしないというこの自説を自ら証明しようとして、54才を省みず2回のエルゴ大会に挑戦しました。当然のことトレーニングは漕艇持久トレーニング(エルゴ漕)のみです。結果は11月の名古屋で7分24秒、1月の京都で7分16秒で公言していた7分1桁には届かず無性に悔しい思いです。原因は加齢現象か?トレーニング法の誤りか?または単なる調整の失敗でしょうが、私は最後の理由を信じたい!来月のクラブ内エルゴ記録会にかけるしかありません。

先月号の反論は期待ほど多くはなかったのですが、これに答えるかたちで続編を書きます。次回のテーマの予告は「シートレースではクルー選考はできない」です。

再び35年前の昔話をしよう。当時はローイングエルゴなるものは無かった。ボート選手の評価とか選考には次の方法が一般的に使われていた。身長・体重で体格とか資質を、脚力・背筋力・握力で力を、肺活量・1500m走・ステップテストで持久力を評価する。この体力測定の結果をもとに各測定項目別にボートに関連があると思われる順に重み付けをして、総合得点を集計した。高得点順から選ぶという選手選考を行った。

その結果は当然のこと身長・体重は立派で力のある大型クルー編成ができた。しかしエイトは 2000m のタイムが6分をなかなか破れなかった。いわゆる『6分の壁』と苦闘する時代が長くつづいた。

ところが、現在の我が国の平均体重70㎏の軽量代表クルーは6分40秒を破ることさえある。舵無しフォアではかつてのエイト並の6分一桁で漕いでしまう時代となった。 なぜか?その理由は?

確かに艇やオールの道具が良くなったことも貢献している。が、やはり道具よりトレーニング法と選手評価と選考法の進歩が記録向上の大きな部分を支えているのは確かである。 結論から言えば旧来はボート選手の評価方法は妥当性が低かったと言える。当時のコーチの能力が低いのではなく、それが進歩の歴史と言うべきであろう。

トレーニングの計画においてもその成果が正しく評価されなければその方向を誤ることになるのは当然のことである。現在となってもこの当たり前のことを忘れて、先人の苦闘の積み上げを知らずにこのような古典的な判断ミスを平然と繰り返しているコーチは ヤメロ !!と言いたい。

  1. トレーニング立案
  2. トレーニング
  3. 体力テスト・レース結果
  4. 判断
  5. (上のトレーニング立案へ)

(このトレーニングサイクルをいかに旨くまわせるかがコーチの腕だ!)

いざトレーニングを計画したり、選手を選ぶ段になるとどうしてなのか力とか筋肉に無条件にホレ込んでしまう。こんな日本人の力への信仰みたいなものがあると私は思っている。

かつてこんな話もあった。サラリーマンと農民に対して筋力テストを行ってサラリーマンが高い値を示したので「サラリーマンの方が農民より体力がある」と言って失笑を買った研究者がいた。サラリーマンは日常職務では力の持続力は無くても支障は起こらないから一発の力はでる。単にブレーキが外れていただけである。農民は朝から全力で畑を耕したら夕方どころか昼までも持たない。体がペースを覚えるように順応しているのであって、体力がサラリーマンより劣っているハズがない。このように評価目的と常識的な視点を忘れた者はいつも大失敗をおかしてしまうのだ。

それではQ&A型式で後をつづけよう。

Q.筋肉とか筋力が多いことは漕艇選手にとって好ましいことではないか。
A.持久力を伴なった筋力、つまり 2000m 漕ぐ間エネルギーを発生しつずける筋肉(赤筋)なら歓迎。しかし筋トレによって養成された筋力は持久力を伴わないことが予想される。つまり、筋力測定テストに表れる数字は持久力を表さないため漕力とは相関があるとは限らない。また、筋量の増加はすべての場合好ましいとは言えない。極端な場合は体脂肪と同じデッドウエイト的な存在となってしまう。例として日本のナショナルチームの筋力測定例を示す。この数字に表わされた筋力は並のボート選手と比べて高いとは言えない。しかし彼らは 2000m を6分40秒で漕破できる。
漕艇競技強化指定選手体力測定データ例
男子(N=9) 女子(N=2)
  平均 標準偏差値 最高 最低 平均 標準偏差値 最高 最低
年齢 (歳) 26.2 3.19 30.0 22.0 22.0 2.83 24.0 20.0
身長 (cm) 183.2 6.26 191.6 174.9 168.8 1.13 167.6 166.0
体重 (kg) 75.1 6.92 88.0 67.7 58.8 2.97 60.9 56.7
体脂肪率 (%) 13.7 0.93 15.3 12.5 18.5 0.00 18.5 18.5
背 筋 力 (kg) 193.0 32.61 246.0 144.0 113.0 3.54 115.0 110.0
握力 (kg) 60.9 4.93 69.0 55.0 36.5 3.54 39.0 34.0
Q.絶対筋力が増せばRowingで動員される%負荷が低下するので持久力が増すのではないか(長続きする)
A.そのような傾向はいくらかあると予想されるが前項の理由で漕艇運動にさほどの大きな貢献は期待できる保障はどこにもない。
Q.試合時間がボートより長くスタミナが勝負と思われる野球・ラグビー等では筋トレにより効果をあげていると聞くが……。
A.これらの球技のほとんどは自分に球が廻ってきたとき全力無酸素運動を行い、他は体力的には待機状態である。つまり全力と休息の間欠運動が長期間つづくのであり、ボートとは運動型態が全く違う。さらに、ラグビー等は男性衝突の繰り返しで体重つまり質量の多い方が物理的に運動方向性 の確保が有利となる。……弾性衝突。この洒落わかる?
Q.しかし、海外レースで日本選手はスプリント不足でスタートとゴール前において劣勢と伝え聞く、スピード練習とか筋力が不足しているのが原因と思うが。
A.その要素もある。日本の場合まだ軽量級の歴史が浅く、減量して単に体重を規定に合わせる努力で精一杯が現状である。必用な筋肉を減らさない、パフォーマンスを落とさない減量法の確立が課題となっている。さらに1世代前のようなスタートから飛び出して果てる玉砕戦法はとっていなく、イーブンペースでの漕破を目指しているので外見的にそのように見えることもその理由と思われる。国際レースでのペース配分とか勝つための作戦についても今後の研究課題ではある。これらは筋トレで解決する筋合いのものではないと考える。
Q.持久(UT)トレーニングを中心にすることで2000mのパフォーマンスは向上するのでしょうか。
A.かつての東独やルーマニアのような職業選手は低い強度の持久トレーニング(LSD)を大量に行って大成功を納めた。西側の選手達にとっては到底そんな時間はトレーニングのためにとれないので、彼らの活躍に対してあきらめの雰囲気すらあった。しかし、近年になって、西側の指導者達は高い強度の持久力トレーニング(Mixトレーニング)を行うことで比較的短時間のトレーニングで効果をあげる工夫を作りあけだ。しかし持久トレーニングであることには何も変わりはない。下表は(米国のもの)。過日のコーチ研修会でのデンマーク講師のパワー/エンデュランスカーブと同じ考え方に基づく換算表の一部である。この表のAT・UTトレーニングを行い20分テストのスコアを改善することで確実に 2000m テストの成績は向上することが実際のトレーニングの現場で確認済である。私も今回のエルゴ大会でこれを証明したかったのである。

つまり有酸素能力は低いが 2000m スコアは良いと言うようなことにはならない。この表の横方向のデータ値例から大きく外れることは起こらないのである。だから心配はいらない。技術習得を兼ねながら持久トレーニングを行い、20分テストのスコアを改善する努力は競技力向上のために一番合理的で近道なのである。筋トレは遠回りなのであることを理解して欲しい。

ローイングエルゴによるスプリント/持久 バランスシートの抜粋
500mテスト 1000mテスト 2000mテスト 20分テスト(m) ATトレーニング(500mペース) UTトレーニング(500mペース)
日本軽量男子のレベル 1分28秒40 3分07秒20 6分31秒04 5,769m 1分51秒00 1分56秒04
1 30 95 3 12 60 6 42 32 5,607m 1 54 49 1 59 84
1 32 65 3 16 20 6 49 84 5,505m 1 56 63 2 02 08
1 35 20 3 21 60 7 01 12 5,357m 1 59 84 2 05 44
古川の目標ライン 7分一桁 1 36 90 3 25 20 7 08 64 5,263m 2 01 98 2 07 68
1 38 60 3 28 80 7 16 16 5,172m 2 04 12 2 09 92
日本軽量女子のレベル 1 40 30 3 32 40 7 23 68 5,085m 2 06 26 2 12 16
1 42 00 3 36 00 7 31 20 5,000m 2 08 40 2 14 40

☆ このバランスシートにより、自分の持久トレーニングの最適強度を設定できます。また、乗艇でこの表を利用する方法としてはハートレートモニタを使いながら心拍数をもって強度を管理します。オリジナルコピーを希望の方にはさし上げます。

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