全日本選手権で優勝しちゃいました!

黄瀬 春奈

2002年7月7日、午前10:55、スタート5分前。私たち2×はスタートに着け、強い横風のため、ちゃぼりながらスタートを待っていた。となり3レーンには準決勝で負けている威圧感ばりばりのSONY。その奥の2レーンには朝日レガッタ、全日本予選と負けつづけているでっかいINTEC。そして5レーンには初顔合わせのかっこいい中部電力。

ゆみちゃんと全日本に2×で出るのは今年で3回目になる。初めて出たのは高校3年のとき(1998)で、何もわからないまま勢いだけで漕いで3位だった。次に出たのは大学2年(2000)で、自分たちのペースで漕ぎきって4位。今回はそれ以上の結果を狙っていた。レース前、「優勝は無理やろう」という気持ちは全くなかったが、「絶対優勝できる!」っていう気持ちもあんまりなかった。口では「優勝するでー」って言いつつも、最近では勝てると思った試合でも優勝できた覚えがないし、予選・準決勝で負けている相手とのレースなので、内心『優勝できそうやけどなー。またできひんのやろうなぁ。どこも決勝になったら人変わるしなぁ。2位になればいいほうかな。』なーんてことを考えていたりした。ただ、準決勝ではDENSOに勝たなければ順位決定にまわってしまうので、ものすごく緊張していたけれど、決勝ではもうやるしかないんだという気持ちでいっぱいで、良い緊張感であふれていた。

スタートは強風のため、クイックスタート。予想通りSONYが飛び出す。続いて瀬田ロー。インテックはスタートはそんなに速くない。500mまではいつも通りの展開。ここからが勝負だ。SONYは早いうちに抜いておきたいし、INTECには朝日レガッタ決勝でも今回の予選でも750mあたりで抜かれ、そのまま負けている。いつもガクッときてしまう第2、第3クウォーターのタイム落ちをなるべく少なくしなければいけない。ここは勝負どころだからといって力むことなく、風にも負けず、一本一本意識して艇を進ませていた。

1000mを過ぎたあたりで、SONYは完全に抜いており、INTECはというと風にあおられてか、バタバタしているのが見えた。もちろん、1000mを過ぎてもINTECに抜かれてはいなかった。この時初めて、「もしかして優勝できる??」と思った。けれども、INTECに詰めてこられた気もして、「いける」という気持ちと「もしかして」という不安が葛藤していた。まだまだ安全圏ではなく、油断もできない。もっと圧倒的な差をつけたいと、自分の漕ぎに集中。そのままラストクウォーターに入るというそのとき、岸から剛健コーチの「1艇身!」続いて「水あいたー!!」という声が聞こえ、勝利を確信。なぜだか「勝負!」とコールして、ラストスパートへ。『優勝しちゃうやん!早くゴールしたい!』という気持ちでいっぱいだった。

そしてゴール…。私は無意識にガッツポーズ。ゆみちゃんは「やったー!!」っと叫んだ。優勝ってほんまに気持ちがいい。2位でも3位でもあかん。優勝した瞬間に、そのクルーだけが味わえるあの気持ち良さはどう表現していいのやら。まるで青春ドラマのように頭の中でレースがゆっくりと繰り返される。ほんまに優勝したんやなぁ。優勝か…。思い出される決勝レースのスピードと同じように、ゆっくりゆっくり、優勝した実感をかみしめていった。

去年の国体から剛健コーチに平日の練習メニューを特別にたててもらい、エルゴは強くなっていたが乗艇で強くなっている実感はあまりなかった。それがこの全日本の大舞台で自分の成長を初めて感じることができた。剛健コーチ、強くしてくれてありがとう。ゆみちゃん、週末しか一緒に練習できないのにこんな私と2×を組んでくれてありがとう。それから、サポート・応援してくれたみんな、心強かったよ。ありがとう。優勝した後、お祝いのメール、電話をくれたみなさん、すごくうれしかったです。ありがとう!

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