このシリーズも何と1年をひとめぐりしてしまいました。トレーニング技術論とスポーツ文化、環境について交互にテーマに選んで書くことにしています。今回のテーマはボートシーズン真只中なのでズバリ、ローイングテクニックについて考えてみようと思います。ボートを漕ぐという単純な動作はたくさんの言葉で表現するほどのものではありません。みんな知っていることばかりのこの技術を逆説的、刺激的に表現することで今までからの知識の中に新しい発見をしていただくきっかけになれば嬉しいです。今月も大声で吠えることができればいいのですが・・・。
ボート競技は“水に自由に浮かんだボート”を“漕手というエンジンのパワー”で“オールという道具”を介して、“間欠的な動作”をもって推進する。レースではフィニッシュラインをどこよりも早く通過したクルーが勝利者となる。以上のように実に単純で極めて意外性の少ない競技なのである。
水に浮かんだボートと漕手をつなぐ固定点はストレッチャーシューズの部分のみである。自由に浮かんだボートに対してさらに漕手は可動シートによって自由に艇内を動くことができる。しかし、ここで大切なのは1ストロークごとにスライドシートを使って大きく前後に動いていると思うのは漕手の主観のほか何ものでもない。陸から客観的にみればボートと漕手は一つの慣性体であり、実際のところはほとんどの動きの部分はボートの側が動いて、漕手は少しだけ動いているのである。このことは船台からボートに乗り込んだまま全員で空漕ぎをすれば直ぐに体感できる。漕手側が陸に対して動く絶対量はボートとの重量比で決まるので種目によってローイングの感覚が違うのはここに理由がある。重量のあるナックルフォアではトレーニングルームの床に固定設置されたコンセプトエルゴの感覚にかなり近づき漕手側の移動量が大きくなることは読者は既に体験していると思う。さらに実際のローイングではブレードで水を押すという前進力がこの動きに加算される。
ブレードが空中にあったり、まだ完全に推進力を発揮していない時に激しく脚を蹴ったらどうなるかを考えてみてほしい。大きくボートは後退することになる。エントリーからキャッチでのブレードを水中に固定する作業の途中では推進力を生む状況までに水との関係が成立していない。この時に決して激しく蹴ってはいけない。コーチはバカのひとつ覚えか口癖のようにキャッチから脚を蹴れというのはヤメロ!!
ブレードが完全に固定されるまでは水流と周期しながらスムースに動きその後、固定を感じた瞬間に脚蹴りを爆発させるべきである。スイッチONの絶妙なタイミングが求められる。漕手にどのタイミングで脚を蹴るのかを考えさせたり、感じさせることが最もコーチングでは重要となる。このように言うとズルズルと流れたロスの多いキャッチをイメージするかもしれないが超短時間にこのシーケンスが実行されれば何の問題も起こらない。何も感じようとしないで単純にキャッチで足蹴りに専念する事はひどく艇の推進効率を低くしてしまう危険が潜んでいる。要するに漕手にとってもコーチにとってもセンスが必要となる。
ブレードの動きが反転するもう一方がフィニッシュである。ボートはキャッチから加速され、フィニッシュに向かって一方的に増速する。従ってフィニッシュはストロークの終りではなく、正に佳境である。ストローク中で一番速く押す必要になり、その直後にプレードの動きを反転させ前へ繰り出すという難しい一連の動作が求められる。いくら水平に漕ぐ必要があるからと言ってハンドルを腹にブチ当てるまで引いては往復運動となり速度零の瞬間が発生してしまう。これは速いボートの速度からくるブレードの動きの要求に応えられなくてリズムを崩したり、フィニッシュで引っかけて抵抗を作る原因となる。
ストロークの加速をスムースに終わらせるためには動きを止めて休んでいる場合ではない。引いて来たスピードで返すことが大切となる。そのためにはハンドルはブレードの動きと同じくスムースな円運動が求められる。さらに同じレートで漕ぐなら動きを停めれば何処かで埋め合わせのため急ぐ結果となり、リズムが複雑になる。
戸田を中心にフィニッシュでガーンという大きな音をたてて漕いでいるクルーが我国には多く見られる。これはオールロックの調節が悪くてオールのピポット部との間に隙間が多すぎることと、ブレードの反転動作を高い空中位置で激しく行ったためオールがオールロックの中で踊ってブチ当たっている音である。現在の日本クルーの悪い流行現象の一つでもある。リズムをとることでも無いし、何の効果もない無駄な動作というより間違ったブレードワークの証拠ともいえる。マネてはいけない。ヤメロ、ヤメロ、止めてくれ..........。
ローイングを言葉で表現するのは難しい。読者と表現法や考えが違うこともあろう。実際に漕いでみながら自ら考え、感じ取って本質的なところを検証してほしい。オリンピック選手でも下手な漕手はいる。トップ選手の外見だけをマネるのは極めて危険である。
ローイングは労働ではない。漕手はマシンでもない。気持ちよくボートを走らせるため体中のセンサーを総動員して感性あふれるローイングを楽しむことが上達への近道だ。